ノーザンダンサーが20世紀の競馬界に極めて大きな影響を及ぼしたことを讃えた言葉。発言者不明。原文は外国語。即ち、次のようなもの。
『 世界の中心で、愛をさけぶ 』の著者、片山恭一氏の言葉。中年男性を主な読者層に想定した同書が、十代女性の圧倒的な支持を得たことについて述べたもの。
同作品は読みやすく、儚い内容。最後まで主人公が前向きになりきれていない のだけれど、そういうものなのだろう。
美輪明宏氏の言葉。三島由紀夫に、無愛想な態度を「可愛くないなあ」となじられたときのもの。ただの高慢ではなく、気品のある言葉である。美輪氏の公式ウェブサイト では、自著の『 天声美語 』から、次のような言葉が引用されている。
人間は肉体と精神とでできています。肉体を維持するためのビタミン剤や栄養補助食品は過剰なくらい出回っているし、それらのものに関しては、あなた方もとても敏感に反応する。なのに、もう一方の精神を健やかに維持するものに対して、あまりに無頓着です。では、精神におけるビタミン剤や栄養補助食品に匹敵するものは何か?それこそが「文化」なのです。ですから、それが欠ければ、当然精神的栄養失調が起きます。いたずらにイライラしたり、焦りを覚えたり、落ちこんでみたり、自信をなくしたり、理由のない怒りがフツフツと湧きあがってきたり…。そんな経験があるとしたら、あなたの心が飢えている証拠でしょう。
美輪明宏公式ウェブサイト より (強調部は引用者による)
コニカミノルタ のデジタルカメラ、Dimage Z1 の TVCM のキャッチコピー。コピーとしては過激だなあと思ったけれど、真理である。
程度が甚だしいさまを表す形容詞「すごい」が、状態を表す形容詞・形容動詞(「おいしい」「きれいだ」等)の直前で用いられる用法は非常に多い。この場合「すごい」は、用言を修飾するわけであるから、連用形の「すごく」にならなければならない。例:
しかし、現実には、次のように用いられている。この用法は若年者が中心であるが、中年層でもかなりの割合で聞くことができる。
これは文法的に誤りである。前述のような理由により、活用形が誤っているのだ。しかし、「すごい」は「おいしい」の修飾語ではなく、単独で存在していると考えることもできる。要するにこういうことだ。
当然ながら、これは文法的に正しい。が、このような、語を断片的に述べてゆく方法は論理的思考の成長を妨げることになるため、この観点から、改めてこの表現を批判する。