2003-12-04 (木)

(カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) 消灯の時間@22-27

「そろそろ消灯の時間でございます。」

声が聞える。

窓の外へ視線を遣る。月明りに照らされた夜桜は、妖艶といふ言葉がよく似合ふ。

刹那、風が桜を散らす。

声が聞える。

「そろそろ消灯の時間でございます。」

補足。「消灯の時間」は「死」のイメージなのだけども、表現があまりに実験的で駄目。

(カテゴリ[映画]の文書の一覧表示) (カテゴリ[音楽]の文書の一覧表示) 『猟奇的な彼女』

猟奇的な彼女 』を観た。DVD が貸し出し中だったので日本語吹替 VHS 。ストーリーの展開はいかにもネット出身といった印象。よくできていると思うけれど、「前半戦」の描写にやや無駄がある気がする。前半はラブコメディ、後半以降はラブストーリーとして観られると良いかも知れない。

と言うか全然猟奇的でない。スプラッタ映画でないことは観なくても分かるけれど、「猟奇的」と命名する必然性が見えてこない。英題は "My Sassy Girl" (生意気な彼女) であるらしい。「猟奇的」は原題の直訳と解説してあったものの、「猟奇的」自体が英語の "bizarre" あるいは "abnormal" の訳語ではないか。広辞苑によれば、

りょう-き【猟奇】
怪奇・異常なものをあさり求めること。

広辞苑第四版より (抜粋)

とあるので、強いて言うならば彼女ではなく彼の方が猟奇的。でも「漁り求め」ている訳ではないので、やはりこの作品に猟奇的な人は一人として登場しない。

この作品を観る決め手となったのは、例によって「劇中に『パッヘルベルのカノン』が使われているから」。BGM として三回三種類の「カノン」が流れる(加えて「彼女」がピアノで演奏するものもある)。うち二種類は弦楽、一種類がピアノ。ジョージ・ウィンストンが云々というくだりがあるけれど、劇中で流れるピアノ版カノンは、ジョージ・ウィンストンが演奏するピアノソロ版 ではなく、若干のアレンジが加えられている。

本編終了後の予告は2004年春公開予定の『 ラブストーリー 』。ここでも BGM が「カノン」だったので、この作品でも使われているのだろう。予告で流れていた「カノン」は、一部しか聴くことができないけれども、癖のある演奏だったので、恐らくパイヤールあたりの演奏だと思う。

(カテゴリ[国語]の文書の一覧表示) 「会う」「逢う」「遭う」

私の感覚では、

会う
約束をして会う。
逢う
期せずして会う。合言葉は「運命」「偶然」。
遭う
良からぬものに会う。遭遇する。


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