2003-12-06 (土)

(カテゴリ[素敵な言い回し]の文書の一覧表示) 「嫌いになる前から好きでした。」

笑福亭鶴瓶のマネージャーの言葉。トマトが嫌いだが、モスバーガーのトマトだけは食べられるということを鶴瓶に突っ込まれた際、これに対して述べたもの。

(カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) (カテゴリ[音楽]の文書の一覧表示) amazonでリストを作ってみた

amazon で、「 リストマニア 」なるシステムがあったので利用してみた。

(カテゴリ[音楽]の文書の一覧表示) 『パッヘルベルのカノン』のコード進行

混声合唱団「ムジクセルクル」のウェブサイト に、「 あなたが選ぶカノン・コード認定曲 」というコンテンツがある。ここにざっと目を通して、自分が好きな曲が多く、「カノン」のコード進行を用いていることに驚いた。以下その例。曲名・歌手・当該部分の歌詞を抜粋。『パッヘルベルのカノン』は、終始「C-G-Am-Em-F-C-F-G7」といったコード進行。

KAN -『愛は勝つ』
心配ないからね 君の思いが 誰かに届く 明日がきっとある
H Jungle With T -『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント』
たまにはこうして肩を並べて飲んで ほんの少しだけ立ち止まってみたいよ
『君をのせて』(『天空の城ラピュタ』より)
さあ出かけよう 一切れのパン ナイフ ランプ 鞄に詰め込んで
山下達郎 -『クリスマス・イブ』
雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう Silent night Holly night
井上陽水 -『少年時代』
夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう
福山雅治 -『Squall』
私恋をしている 哀しいくらい もう離せない この切なさは
中山美穂 & WANDS -『世界中の誰よりきっと』
まぶしい季節が金色に街を染めて 君の横顔そっと包んでた
大事MANブラザーズバンド -『それが大事』
高価な墓石を建てるより 安くても生きてる方が素晴らしい ここにいるだけで傷ついている人はいるけど
クリスタルキング -『大都会』
ああ 果てしない 夢を追い続け
スピッツ -『チェリー』
君を忘れない 曲がりくねった道を行く 生まれたての太陽と 夢をわたる黄色い砂
赤い鳥 -『翼をください』
この大空に 翼を広げ 飛んでゆきたいよ
チェリッシュ -『てんとう虫のサンバ』
あなたと私が 夢の国 森の小さな教会で 結婚式をあげました
Every Little Thing -『出逢った頃のように』
My Love is Forever あなたと出逢った頃のように 季節が変わっても きっと色あせないはずだよ
岡本真夜 -『TOMORROW』
涙の数だけ強くなれるよ アスファルトに咲く 花のように
光GENJI -『パラダイス銀河』
ようこそここへ 遊ぼうよパラダイス 胸の林檎むいて
Hysteric Blue -『春 〜Spring』
そういう夢ならも一度会いたい 春が来るたび あなたに会える
河村隆一 -『BEAT』
色あせないメモリー 優しい君の 微笑みが よみがえるよ
ZARD -『負けないで』
負けないで もう少し 最後まで 走り抜けて
松任谷由実 -『守ってあげたい』
So you don't have to worry, worry, 守ってあげたい

曲を聴いてコードが分かるような耳ではないので、単に心地良いかそうでないかという基準で曲を聴いていたのだけれど、こうして確認してみると、気に入った曲がことごとくカノンであった。

このコード進行は、ドレミで言うとニ長調の「レ-ラ-シ-ファ-ソ-レ-ソ-ラ」となり、最も低い音(レ)を1として数値で示すと、「8-5-6-3-4-1-4-5」であり、各値の差を並べると「-3,+1,-3,+1,-3,+3,+1(+3…)」(「高-低-高-低-高-低-低-高」)である。数列として美しい。なお、高低の運びだけを見ると、学校のチャイム(ハ長調「ラ-ファ-ソ-ド-ド-ソ-ラ-ファ」)の「高-低-高-低-低-高-高-低」も同様である。

桑田佳祐、中島みゆき、ZARD は特にこのコード進行をよく取り入れているようだ。

(カテゴリ[表現]の文書の一覧表示) (カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) 題名と内容のどちらを先に書くべきか

頭の中では整理しきれないから書く、という立場であれば、最終的に書きあがったものがどのような方向に転ぶかがはっきりしないから、題名は後付でよいのではないか。予め題名を決めて書き始めることもできるだろうけれど、与えられた題目に対して論文を「書かされている」ようで気後れする。古典の多くが製作者による命名で呼ばれていない、あるいは製作者による命名自体がなされていないことを考えても、題名は後から――さらには他人が――付けた方が、よりしっくり来るものなのだろう。

(カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) 日常@7-42

まさに不摂生を地でゆくような生活を続けていながら、大きな病気はしたことがなく、入院はおろか最後に医者に行ったのはもう8年以上も前になるでしょうか、それでも私の胃は毎朝毎晩キリキリと痛み、眠れず、笑えず、ただ安楽をのみ、安楽をのみ求めるのです。



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