2003-12-14 (日)

(カテゴリ[国語]の文書の一覧表示) 「〜になります」について

「なる」というのは言うまでもなく、「ある状態から別の状態に変化する」が原義だ。特に飲食店のアルバイト店員が、何でもかんでも「〜になります」と言うのはやはり耳障りだ。「1000円のお買い上げになります」「トイレはあちらになります」など。単に「です」「でございます」で必要充分な箇所で「なります」を連発しているのはどういうことなのだろう。それほど上品にも知的にも聞こえないのだけれども。

同じく耳につく流行語に「〜の方」というものがある。「お釣りの方」「メニューの方」「テーブル席の方」など。純粋に「方角・方面」を示さないのならば、混乱を招くのでやはりよくない。そろそろ言葉遣いを服飾と同じく感性・品性を具現化するものと認識したらどうか。格好悪すぎる。

(カテゴリ[国語]の文書の一覧表示) 「ださい」の語源は「埼玉」とは関係ない

「ださい」の語源は「駄埼玉」――。ウェブ上ではこの説が幅を利かせているけれど、誤り。「田舎くさい」を音読みした「だしゃくさい」が縮約されたものが「ださい」である。確か国語大辞典にそう書いてあった。

(カテゴリ[国語]の文書の一覧表示) (カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) 「様」の格

「様」には格があるそうな。「えいさま」「つぎさま」「みずさま」というもので、旁の下の部分がそれぞれ「永」「次」「水」となる。余計な紛争を生むといけないので「水」で統一するのが無難。

(カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) (カテゴリ[ウェブ]の文書の一覧表示) (カテゴリ[国語]の文書の一覧表示) (カテゴリ[表現]の文書の一覧表示) 「よい」ものに触れること

真珠の鑑定人を育てるには、毎日毎日本物の真珠を見せ続けて、ある日、マヨネーズで作った本物そっくりの偽真珠を見せるそうな。すると、「何か違う」ということになるそうな。始めのうちは分からなくてもいいから、とにかく多くの「よい」ものの中に身を置くことが大切だ。調度品などは金がかかるから無理な話として、よい言葉・よいウェブサイトを見聞きするのは無料である。そういうものにいつもいつも触れていれば、自然に自分の表現するものの格も上がってくる。そのために、信頼できるガイド・師を見つけることは、とても重要だ。

(カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) 携帯電話とポータブルMDプレーヤと集中力の低下

見出しだけで大方の想像はつくのだけれども。

携帯電話が普及した。一人一台以上の時代だ。メールなりウェブなり、「空き時間を有効に活用する」と言えばそれらしいが、実態は「一人でいることができない」だけだ。静かにじっとしていることができなくなった。幼児退行もいいところである。

ウォークマンまでさかのぼりはしない。携帯音楽再生機が本格的に普及し、いつでもどこでも使用されるようになったのは、ごく最近だろう。我々の生活で、音楽が耳に入ってこない場所は自宅をおいて他にないと断じてよい。その自宅でさえも個々人の好みの音楽が流れているのである。その中で話すから声が大きくなる。品がない。ヘッドホンをした状態で歩けば、自分の足音がいかに大きいか(=下品か)を自覚しない。大きな足音は、肥満か憤怒のサインである。品がない。

他人といればとにかく話していなければ死んでしまうようで、話す。声の大きさも気にせずに話す。発音の美しさは度外視だ。文法の整合性も度外視だ。思考は一貫性を欠き、文化は崩壊するのである。

便利なものは使えばよろしい。けれど欠点や短所は何にだってあるのだ。欠陥だの不備だのと製作者を責め立ててはいけない。そういった部分も含めてどうやって付き合っていくか・利用するかを考えるのが文明人だろう。自制・自律があまりに軽視されているように思えてならない。自分の修正パッチを作(れ)るのは自分しかいないというのに。

(カテゴリ[素敵な言い回し]の文書の一覧表示) 「嫌かどうかは読んでみなきゃ分からないじゃないか」

どこかのサイトで見かけた言葉。定番の「嫌なら読まないでください」に対する反論。確かにそうだと思った。多分2ちゃんねるあたりだと思う。

(カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) 携帯電話の電池が寿命に近い

DoCoMo P502i 。先生曰く「骨董的価値があるな。」。メールを30通ほど受け取るとバテる。換えたいのだけれど、最近の携帯電話の主ナビゲーションボタンはどうも使いにくそうで敬遠している。当時の Panasonic の携帯電話の主ナビゲーションボタン――私は勝手に「乳頭ナビゲーション」と呼んでいる――は、一つのボタンで上下左右・押下の五つの機能を持っていたけれども、最近のものは全て、中央・上下左右の二つに分かれており、上下左右のボタンはリング型なので、わざわざ指の位置を変えなければならない。これが煩わしそうなのだ。折りたたみ携帯に乳頭ナビゲーションボタン希望。

(カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) 評論一辺倒はさぶい

評論・反論それ自体は必要だけれども、これは段階の一つであって最終的に目指すべきものではない。有効な評論・反論は既存の表現物の価値を高めるが、そこが限界である。アンプに無から有を生じる能力はない。ある人の評論・反論パターンが機械に取って代わられるようであれば、残念ながらその人に存在価値はない。人は生きているだけで価値がある、というのは、生きている以上人間的な何かをすることができる、という希望を含んでいるのである。本当にただ生きているだけでは――意味がない、と言うとまた面倒なことになるので――、「さぶい」とだけ言っておく。他者の評論ばかりで自分の意見を言わない人間はさぶい。まったく生産的でない。文化の発展に寄与しない。さぶい。さぶい。さぶい。さぶい。さぶい。生産的破壊でも破壊的生産でもいい。言葉の綾は大した問題でない。生産的であれ。今は生産的でなくても将来的に(あるいは偶発的に)そうなるかも知れない、とか言って逃げるな。余裕にかまけてあぐらをかいているとあっという間に時間は過ぎる。生産的であれ。

(カテゴリ[国語]の文書の一覧表示) 「ないです」よりも「ありません」

「ないです」よりも「ありません」の方が優雅。即ち、丁寧。

(カテゴリ[ウェブ]の文書の一覧表示) ブックマークを更新した

ブックマーク を更新した。郵便番号検索システム「郵次郎」 を追加した。カテゴライズがおかしなことになってきた。

(カテゴリ[ウェブ]の文書の一覧表示) (カテゴリ[日常]の文書の一覧表示) ToDoリストを作ろうか

予定が消化できていない。ひとえに怠惰が原因だ。この「備忘録」はいつも目に付くので、ToDo リストを書いてみようか。かくして「ToDo リストを PHP で作成すること」を脳内 ToDo リストに加えるのであった。



© 2000-2004 AOYAMA, mtblue.org, All Rights and Responsibilities Reserved.