「まっすぐなこころで」の根底にはこれらの想いがある。喜怒哀楽いずれの状態でも、心が「不安定」なときには、ある方向に突っ走ってしまって周囲が見えなくなるので――そしてこの周囲の見えない状況が限度を超えると様々なひずみと不幸を呼ぶので――、それを防ぐために、自戒のために私は書いているのだと思う。
PC のキーボードで文章を作成するのは手間ではないけれども、携帯電話のメールは非常に面倒だ。「お」を表示させるのにボタンを5回も押さねばならないのは拷問だ。
携帯電話でメールを作成する場合、とにかく短い文にする。相手の読みやすさを考慮して、という理由もあるにはあるが、やはり自分の苦痛を少しでも軽減したい、というのが主な理由だ。主語と客語と述語を明確にし、不要な修飾語句や記号を用いない。
「ボタンを押す回数を1回でも少なくしたい」という欲求を突き詰めていくと、「旧仮名遣いと名古屋方言」に行き着いた。うまく用いると、現代共通語・現代仮名遣いで書く場合のボタン押下回数を、さらに数%下回ることができる。 例えば:
括弧内は予想されるボタン押下回数。当然ながら機種により異なる。実際にこの方法で入力をしてみると大変便利なのだけれども、相手を選ぶというのが珠に瑕。
友人に宛てた手紙のなかの一文。「素敵な言い回し」というカテゴリ名を変更しようか。全文は次の通り。
「二本の腕で一人を抱き締め、二人だけの世界をつくることは美しいと思います。しかし、二本の腕で二人の友人と手をつなぎ、無限の輪をつくることもまた、美しいと思います。」
花、咲く。
精一杯咲くのではない。
ただ、咲く。
褒められるために咲くのではない。
ただ、咲く。
春が来て、花、咲く。
藤原敏行。