いかがでしたか?こういう言い方をするのもアレですが、思ったよりよかった、という人は少ないのではないでしょうか。「設問は基本的」ですが、「選択肢をイヤらしく」作りました。細かいところまできちんと読んで、正解を見極めましょう。それでは、以下に■1-1■から■8-10■までの解答と解説を示します。下のリストから、参照したい部を選択して下さい。見方は、

 問題番号(解答の数。配点ではありません

解答

解説

の順です。特に必要と判断しなかった場合には、正解以外の選択肢についての解説はしていません


 
第一部   第二部   第三部   第四部   第五部   第六部   第七部   第八部



1-1(1)

自立語で活用があり単独で文節を作る

 動詞の定義を問う問題。動詞は単独で文節を作り、これを自立語という。独立語とは、「ねえ」「ああ」(古文では「や」「あな」など)といった感動詞などのことである。


1-2(9)

四段活用
上一段活用
上二段活用
下一段活用
下二段活用
カ行変格活用
サ行変格活用
ナ行変格活用
ラ行変格活用


 古文動詞の活用を問う問題。口語(現代語)動詞の活用の種類と混乱しないようにする。口語では、「四段活用が五段活用である」「上二段活用、下二段活用、ナ行変格活用、ラ行変格活用が存在しない」といった違いがある。尚、変格活用については、略してカ変、サ変、ナ変、ラ変、と言うことがある。


1-3(6)

上一段活用
下一段活用
カ行変格活用
サ行変格活用
ナ行変格活用
ラ行変格活用


 1-2で、古文動詞の活用は9種あることを学習したが、このうち6種については、所属する語が少ないので暗記は必須

 上一段は「ひ・い・き・に・み・ゐ−る」(ひる・いる・きる・にる・みる・ゐる)。
 下一段は「蹴る」一語のみ
 カ変は「来」一語のみただし「まうで来」など複合動詞を作る「来る(きたる)」はラ行四段なので注意。
 サ変は「す」「おはす」のみただし「物語す」「ものす」など複合動詞多数
 ナ変は「死ぬ」「去ぬ(いぬ)」「往ぬ(いぬ、「去ぬ」と同義)」のみ
 ラ変は「あり」「をり」「はべり」「いまそかり(いますかり、いまそがり、いますがり、とも)」のみ

必ずすべて暗記しておく。


1-4(3)
四段活用
上二段活用
下二段活用

 全9種の活用のうち、暗記によって3種まで絞り込める(1-3参照)。従って、「見たことのない語」は「四段、上二段、下二段のいずれか」になる。さらに、その「見たことのない語」を未然形にしたとき、活用語尾の母音が「ア音」になったら四段、「イ音」になったら上二段、「エ音」になったら下二段、と完全に分けられる。
 尚、「恨む」は「恨ま・ず⇒ア音⇒四段」ではなく、「恨み・ず⇒イ音⇒上二段」なので要注意。


1-5(1)

カ行変格活用の動詞で、複合動詞を作ることがある

 1-3の解説のとおり、複合動詞を作るので、厳密には「一語のみ」と断言できない。活用は「こ・き・く・くる・くれ・こ(こよ)」。従って終止形は「く」、連体形は「くる」で同形ではない。ただし、漢字で表記すれば・来る・来れ・(来よ)」となるので、「『来ば』『来けり』『来べし』の部分の『来』の読みは?」などの問題には対応できるようにしておくこと。(この例では、それぞれ「こ(ば)」「き(けり)」「く(べし)」と読む。)


   
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1-6(1)

上一段活用動詞のことである

 1-3解説参照。上一段動詞は「る・る・る・る・る・る」。漢字をあてると「干る」「射る・鋳る・沃る」「着る」「似る・煮る」「見る」「居る・率る」。複合動詞として「はなひる」「慮みる(おもんみる)・顧みる(かえりみる)・鑑みる(かんがみる)・試みる・夢みる」「率ゐる・用ゐる」。


1-7(1)

下一段「蹴る」

 1-3解説参照。「蹴る」一語のみ。これ知らない奴は帰れ


1-8(1)

「奉り」

 1-3解説参照。ラ変は「あり・をり・はべり・いまそかり」。漢字をあてると「在り(有り)・居り・侍り・在そかり(坐そかり)」。終止形の活用語尾母音が「イ音」というのもラ変の特徴。「奉り」は四段動詞「奉る」の連用形で、謙譲語。読みは「たてまつる」。尚、「あり」は「いる」「ある」「存在する」と訳し、「をり」は「座っている」と訳すので注意。また、「居り(をり)」はラ変だが「居る(ゐる)」は上一段


1-9(3)

「死ぬ」
「去ぬ」
「往ぬ」


 1-3解説参照。活用は「な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね」。命令形が「ねよ」ではないので四段ではなく変格活用。口語では五段活用に吸収。


1-10(1)

「す」と「おはす」のほかにも、非常に多くの複合動詞を作るので覚えてられない

 1-3解説参照。「す」「おはす」の二語だが、サ変は複合動詞が多いので注意が必要である。よほど古典を愛していない限り、サ変複合動詞をすべて暗記するのは不可能。


   
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2-1(1)

語尾が「し」か「なり・たり」か

 形容詞も形容動詞も、ともに活用があり、述部となる。また、どちらにも「変格活用」などというものは存在しない。意味、用法的な違いは特になく、活用が異なるという点で、違いは語尾にしかない


2-2(3)

「ク活用」
「シク活用」
「カリ活用」


 形容詞の活用を問う問題。「ク活用」「シク活用」のほかに、「から・かり・○・かる・○・かれ」という補助活用(カリ活用)があるので忘れないこと。助動詞が接続する場合は主にカリ活用である(「美しから・ず」「美しかり・けり」など)。意外と「シ活用」と間違えてしまうことがあるので注意。こんなものは存在しない。ク活用を覚えておけば、シク活用はそれぞれに「し」をつけるだけ(終止形は除く)である。

  ク活用:「く・く・し・き・けれ・○」+「から・かり・○・かる・○・かれ」

  シク活用:「く・く・し・き・けれ・○」+「から・かり・○・かる・○・かれ」

尚、さらに「カリ活用」と「シカリ活用」と分ける場合もあるが、ここでは両方とも単に「カリ活用」としておく。


2-3(1)

動詞「なる」を接続させてみる

 形容詞の活用の判別法。「活用」と「シク活用」を判別するのだから、活用では「」、シク活用では「しく」となる連用形(または未然形)にすればよい。(「多し⇒多・なる⇒ク活用」、「美し⇒美しく・なる⇒シク活用」。)選択肢のどの方法でも判別は可能だが、「簡潔に」となると「動詞『なる』を接続させてみる」以外は不適と言える。命令形では話にならないし、「ず」も「けり」も未然形、連用形接続なのでよいかと思われるが、「助動詞は多くの場合カリ活用に接続」なので不適。もちろん連用形になればよいから、「ない」「て」などでも判別できる


2-4(2)

「ナリ活用」
「タリ活用」

 形容動詞の活用は、「ナリ活用」と「タリ活用」の二つのみである。もともと断定の助動詞「なり」「たり」が複合して発生した語(品詞)なので、その活用は助動詞「なり」「たり」と同じである。ただし、「形容動詞」という品詞を認める以上、『形容動詞』(一品詞)と『名詞+なり/たり』(二品詞)では異なるものと見なさねばならないので、この判別ができるようにしておくこと(2-5)。


2-5(1)

語頭に「いと」「いみじう」「めっさ」「どえりゃあ」をつけてみる

 『形容動詞』と『名詞+なり/たり』の判別。2-4解説でも触れたように、形容動詞の活用語尾ある「なり」「たり」はもともと断定の助動詞であったから、『形容動詞』も『名詞+なり/たり』も「〜だ」「〜である」と訳される。そこで、「形容動詞」が、「物事の性質・状態をあらわす」品詞であることに注目する。これはつまり、「物事の程度・状態をあらわす」のなら、「とても・たいへん」などの語をつけて強調しても意味が通ることになる。従って「いと」「いみじう」などの強調語をつけて判別する。「もともとは『名詞+なり/たり』でも、『とても〜だ』と訳せる語はすべて『形容動詞』」となる。
「翁なり⇒いと翁なり⇒とてもじいさんだ⇒意味不明名詞+なり
「静かなり⇒いと静かなり⇒とても静かだ⇒意味が通じる形容動詞



   
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2-6(1)

連体修飾(「〜な」)

 [形容詞・形容動詞語幹]+[の]は連体修飾で、「〜な」。「をかし・御髪」で「豊か髪、美しい髪」。尚、この用法で感動を表す場合もあるのでおさえておく。形容詞、形容動詞は内容が少ないが「語幹の用法」は要チェック(2-7, 2-8)。


2-7(1)

感動(「ああ、〜だなあ」)

 [形容詞・形容動詞語幹]の言い切りは感動、詠嘆。「ああ、〜だなあ」「なんと〜ことよ」。「語幹の用法」第二弾。「あな、めづらか」で「ああ、なんとめずらしいことよ」。


2-8(1)

原因・理由(「〜ので」「〜から」)

 [名詞]+([を]+)[形容詞・形容動詞語幹]+[み]は原因・理由で、「[名]が[形・形動]なので」「[名]が[形・形動]だから」。「語幹の用法」の最重要ポイント。「」で「山が深いので」、「」で「瀬(の流れ)が早いので」。「語幹の用法」はすべてしっかりおさえる。


2-9(8)

「まれなり」
「堂々たり」
「静かなり」
「あはれなり」
「洋々たり」
「おろかなり」
「まめなり」
「あてなり」


 『形容動詞』と『名詞+なり/たり』の判別。2-5解説参照。「いと」をつけたときに、「とても〜(だ)」と訳せるものはすべて形容動詞である。選択肢では順に、

「いとまれなり⇒とてもめずらしいことだ⇒成立⇒形容動詞」
「いと本意なり⇒とても本来の目的だ⇒意味不明⇒名詞+なり」
「いと堂々たり⇒とても堂々とした様子だ⇒成立⇒形容動詞」
「いと静かなり⇒とても静かだ⇒成立⇒形容動詞」
「いと気色なり⇒とても雰囲気だ(様子だ)⇒意味不明⇒形容動詞」
「いとあはれなり⇒とても趣き深い様子だ⇒成立⇒形容動詞」
「いと洋々たり⇒とても広い様子だ⇒成立⇒形容動詞」
「いとおろかなり⇒とてもいい加減だ⇒成立⇒形容動詞」
「いとまめなり⇒とても真面目だ(実用的だ)⇒成立⇒形容動詞」
「いとあてなり⇒とても身分が高い様子だ⇒成立⇒形容動詞」

となります。「『なり』の判別」はよく聞かれるのできちんと理解しておくこと


2-10(1)

カリ活用

 2-2解説参照。「変格活用」は動詞の用語、「助動詞型活用」「副活用」などという語は存在しない。



   
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3-1(7)

自発の助動詞である
可能の助動詞である
尊敬の助動詞である
受身の助動詞である
「る」は四段、ナ変、ラ変の未然形に、「らる」はそれ以外の未然形に接続する
単独で用いられても「尊敬」になる場合がある
可能の意味になる場合は、原則として「打消」を伴い「不可能」の形をとる


 「る」「らる」は自発・可能・受身・尊敬の助動詞(ジカジュソン。)である。ただし、訳す際に、すべて「〜れる」「〜られる」でもよいのだが、採点者を不快にさせないために、

「自発」⇒「自然と〜れる/られる」
「可能」⇒「〜(する)ことができる」
「受身」⇒「〜れる/られる」
「尊敬」⇒「〜なさる」「(お)〜になる」

といった訳し分けを心がけたい。尚、「受身」を「受身」と表記しないこと。
 接続については、「る」は四段、ナ変、ラ変の未然形、「らる」はそれ以外の未然形、である。未然形というのは、漢文読みすれば「未だ然らず」で、「まだその動詞の動作が実現していない」ことを示す活用形である。よって「推量」「仮定」「打消」「可能」「自発」といった「動詞の動作が実現していない」意味を表すことが多い
 また、「四段、ナ変、ラ変」の未然形活用語尾の母音は「ア音」で、「それ以外」では「イ音、エ音、オ音(カ変)」である。日本語には「母音の重複を避ける」という性質があるため、「四段、ナ変、ラ変」を「らる」に接続しても「--A・RARU」となって母音が重複してしまい、これを避けるために、母音が重複しない「る」に接続させているのである。(この理論については現在調査中。というかこれを説明するのはわずか数行では収まらないので省略。「音声学上の理由」とだけ言っておく。)
 単独で用いられても「尊敬」になり得る。単独では尊敬になり得ないのは「す」「さす」「しむ」である
 「可能」の意味であるときは、多くの場合下に打消し語を伴い、「不可能」の形で登場する。ただし、鎌倉期に入ると、「可能」単独の例が見えるようになる。だから「原則として」としたんです。


3-2(3)

全部で2つあり、「き」「けり」である
「き」には過去以外の意味はない
「き」は特殊な活用をし、それは「せ・○・き・し・しか・○」である


 過去の助動詞は「き」と「けり」の二語であり、「完了」とは完全に区別される。「過去」が「時間」に重点を置いているのに対し、「完了」は「動作」に重点を置く。従って「この助動詞は『過去』と『完了』の二つの意味があるから訳しにくい」などということにはなり得ない。過去は過去、完了は完了である。両方とも「〜た」と訳されるが、助動詞としては厳密に異なるので区別しておく。
 「き」には「過去」の意味しかない。多くの助動詞が複数の意味をもっているが、「き」は過去だけなので迷う必要はない。「けり」は「過去」と「詠嘆」の二つの意味がある(3-3)。また、「〜ている」(存続)になるのは完了の助動詞の一部であって、過去の助動詞の意味ではない。
 「き」は意味が一つしかない代わりに、特殊活用なので暗記する必要がある「(せ)・○・き・し・しか・○」と活用する。「けら」「ける」「けれ」の終止形が「けり」であろうことは中学生でも分かる。規則活用語の活用など覚えていてもそれほど意味はない。特殊活用の語の活用をまず覚えるべきである。
 また、「過去の助動詞」に「まだ実現していない」という未然形が存在すること自体が不思議であるが、これは反実仮想(英文法用語では仮定法)のときにのみ用いられる

  世の中に絶えて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし(古今集・春・在原業平)
   (世の中に桜がまったくなかったなら、春の人の心は(落ち着いて)のどかなのになあ

  思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを(古今集・恋・小野小町)
   (想いながら寝たのであの方が現れたのだろうか、夢と分かったなら覚めなかったものを

このように、過去の「き」が未然形「せ」になるのは、「〜せば…まし」の形のみである。覚えとく。


3-3(3)

厳密には、「〜たそうだ」と訳される「伝聞回想の過去」である
「けり」が和歌や会話文で用いられる場合は、「詠嘆」の場合が多い
未然形「けら」はめったに使わない


 「けり」は伝聞回想の過去、「き」が直接体験の過去である。ただし、特に訳し分ける必要はない。
 「けり」が詠嘆になるのは和歌や会話文であるが、当然と言えば当然である。もちろん、和歌、会話文中でも「過去」となったり、通常の文(これを「地の文(じのぶん)」という。覚えておくこと。)でも「詠嘆」となったりするので、臨機応変に訳し分けること。
 未然形「けら」については、3-2解説の「き」同様」に、反実仮想でしか用いられない


3-4(5)

尊敬の助動詞である
使役の助動詞である
下二段型の活用をする
「す」は四段、ナ変、ラ変の未然形に、「さす」はそれ以外の未然形に接続する
「しむ」の文法的意味と「す」「さす」の文法的意味はまったく同じである


 「す」「さす」は使役・尊敬の助動詞である。もとは「使役」の助動詞で、「誰かに使役することができる人」⇒「身分の高い人」⇒「尊敬」という発生がある。
活用は下二段型(「(さ)せ・(さ)せ・(さ)す・(さ)する・(さ)すれ・(さ)せよ」)で、サ変ではない。また、「す」は「四段・ナ変・ラ変」の未然形、「さす」は「それ以外」の未然形に接続する。その理由は3-1解説の「る」「らる」の使い分けと同じと考えてよい。発音上の理由。
 「しむ」も使役の助動詞で、同様の理由により尊敬の意味をもつようになった。結果として、「しむ」の文法的意味(=使役・尊敬)と、「す」「さす」の文法的意味(=使役・尊敬)は、まったく同じと言える。
 尚、「す」「さす」「しむ」が敬語を伴わずに単独で用いられた場合は必ず「使役」である。ただし、敬語を伴ったからといって必ずしも「尊敬」とは限らないので注意する。


3-5(2)

全部で4つあり、「つ」「ぬ」「たり」「り」である
「つ」「ぬ」には「強意」の意味もあり、主に「推量の助動詞」が接続したときに「強意」となる


 完了の助動詞は、「つ」「ぬ」「たり」「り」の四語である。ただし、「つ」「ぬ」は「完了」「強意」であり、「たり」「り」は「完了」「存続」である。グループ分けして覚えるとよい。尚、「完了」の訳し方には、「〜た」のほかに「〜てしまう」「〜てしまった」がある。これらは主に過去系の助動詞(過去推量を含む)についたときに「完了−過去の不本意用法」といって、「〜てしまった」と訳す。ただし、この訳のときの文法的意味はあくまでも「完了」である。
 「つ」は動作の意識的な完了、「ぬ」は動作の無意識的な完了とされるが、特に意識しなくてよい。
 「つ」「ぬ」が強意の用法で用いられるのは、推量の助動詞「む」「むず」「べし」について「てむ・なむ」「てむず・なむず」「つべし・ぬべし」となるときである。訳は「きっと〜だろう(にちがいない)」「ほんとうに〜だろう(にちがいない)」などで、「『強意』で訳しましたよ」と意思表示をするために「きっと・ほんとうに・たしかに」などを挿入する必要がある。また、「なむ」の識別にも注意する。係助詞かも知れない。



   
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3-6(5)

完了の助動詞である
「り」にも「たり」にも「存続」の意味がある
完了の「たり」は連用形に、断定の「たり」は体言に接続するので見分けられる
「り」はラ変型の活用をする
「り」は「サ変の未然形、四段の已然形」に接続する


 3-5解説のとおり、「つ」「ぬ」「たり」「り」の四語が完了の助動詞である。ただし、文法的意味では、『「つ」「ぬ」の「完了」「強意」群』と『「たり」「り」の「完了」「存続」群』とに分かれることを確認しておく。
 「たり」には「断定の『たり』」が存在する(もちろんまったく別の語)が、「完了の『たり』は連用形に、断定の『たり』は体言に接続」する(3-7)ので容易に見分けられる。「活用語」についている「たり」は「完了の『たり』」である
 「り」はラ変型の活用をする。これにより「ジカジュソン」の「る」(下二段)とは区別できる。また、「り」は接続が特殊で、「サ変の未然形、四段の已然形」に接続する。これ以外の活用の語には接続しない。いわゆる「さみしい『り』」(サ未、四已『り』)である。ただし、「四段、サ変ともに命令形に接続する」という説もある。この両説は多分決着を見ない。だって四段の已然形=命令形、サ変の未然形=命令形だもん。


3-7(2)

「なり」と「たり」の2つのみである
断定の「なり」は連体形に、推量の「なり」は終止形に接続するので見分けられる


 断定の助動詞は「なり」「たり」の二語である。「ごとし」は「比況」(〜のようだ)である。また、複合語を一つの助動詞として扱う場合があり、「やうなり」「ごとくなり」を一語と見なして「比況」とすることがある。
 「たり」には「完了」と「断定」でまったく別の語があった(3-6解説参照)が、「なり」にも「断定」と「推量」というまったく別の語が存在する。判別は接続で、「断定の『なり』は連体形(及び体言)に、推量の『なり』は終止形に接続」するので見分けられる。ただし、終止形と連体形が同形の四段活用、上一段活用、下一段活用についている場合には、文脈から判断する。

  男もなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。(土佐日記・冒頭・紀貫之)
   (男も書くとかいう日記というものを、女も書いてみようとして、するのである。)
      ※作者を女性に仮託して書いた作品である。


3-8(4)

推量の助動詞で、主な意味は「推量」「意志」「仮定」「勧誘」「婉曲」「適当」である
「ン」と発音し、鎌倉期以降になると「ん」と表記するようになる
「むとす」のつづまった「むず」も文法的にはまったく同じものである
「む」を強めたものにあたるのが「べし」である


 推量の助動詞は、「む」「べし」「じ」「まじ」「らむ」「けむ」「らし」「なり」「めり」「まし」で、「む」の主な文法的意味は「推量」「意志」「仮定」「勧誘」「婉曲」「適当」(ス・イ・カ・カ・エ・テ)である。また、「むず」も文法的にはまったく同じものとして扱ってよい。
 発音と表記については、奈良、平安期には「む」と書かれ、「ン」と発音されていた語が、鎌倉期になると次第に「ん」と表記されるようになる。これは、「けむ」「らむ」が「けん」「らん」になり(3-10)、係助詞「なむ」が「なん」になる点でも確認できる。
 推量の助動詞はそれ自体も、また各文法的意味もかなり多いが、一定の規則性があるので暗記するのはさほど困難ではない。すなわち、

  「む」は「推量・意志・仮定・勧誘・婉曲・適当」で、「スイカカエテ」である。これは暗記する
  「む」を強めたものが「べし」「推量・意志・可能・当然・命令・適当」、「スイカトメテ」である
  問題は「カ」であるが、「仮定」「勧誘」は「弱い」ので「む」、「可能」は「強い」ので「べし」として頭に入れる。
  次に、「じ」は「む」を打ち消したもので、「打消推量・打消意志」である
  「じ」を強めたもの、裏を返せば「べし」を打ち消したものが、「まじ」で、
   その文法的意味は「打消推量・打消意志
・打消可能(=不可能)・打消命令(=禁止)である。

この4語には互いに「強・弱・肯定・否定」の関係が成り立つ。これについては一度図に書いてみることを強くお奨めする。接続も、「む」「じ」の「弱い群」は未然形に接続し、「べし」「まじ」の「強い群」は終止形に接続する。(ただしラ変型活用には連体形に接続する。=ウ音にくっつきたい(1-8)。)尚、「打消」を「打ち消し」と表記しないこと。ただし動詞として使うときは「打ち消す」でよい。
 また、何故か「む」は「打消」と勘違いしている人が意外に多いので、しっかり確認しておく。確かに現代では「ン音」が「〜ない」を表すが、「む(ン)」系の音で「打消」を表すようになるのはかなり最近で、古典文法における「む」に「打消」はあり得ない


3-9(1)

「じ」は「打消推量」「打消意志」で、「まじ」はこれに「不可能」「禁止」を加えた意味がある

 推量の助動詞の相互関係については3-8解説参照。「じ」を強めたものが「まじ」であるから、文法的にまったく同じとは言えない。また、「じ」は活用語の未然形に接続するが、「まじ」は終止形に接続する。ただし、ラ変型の活用語には連体形に接続するため、「終止形に接続」としか記述がない選択肢は不適切である。


3-10(4)

「らむ」は存続の「り」+推量の「む」から生じた「現在推量」である
「けむ」は過去の「けり」+推量の「む」から生じた「過去推量」である
鎌倉期以降になると「らん」「けん」と表記されるようになる
現在・過去推量のほかに「現在・過去の原因推量」「現在・過去の伝聞」「現在・過去の婉曲」の意味がある


 「らむ」は「現在推量」で、「けむ」は「過去推量」である。ともに時間推量の助動詞で、意味もよく似ているのでセットで覚える。

  いずれも、「推量」「原因推量」「伝聞」「婉曲」であり、訳し方は以下のようになる。


「現在推量」=「(今ごろは)〜ているだろう」  
「現在の原因推量」=「〜からだろう」
「現在の伝聞」=「〜ているそうだ」
「現在の婉曲」=「〜ているような」

 
「過去推量」=「〜だろう」
「過去の原因推量」=「(どうして)〜のだろう」
「過去の伝聞」=「〜そうだ」
「過去の婉曲」=「〜ような」



   
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4-1(1)

活用をするものもある

 助詞は付属語なので、単独では文節は作らない。従って、文頭に来ることもあり得ない
 また、「には」「ぞかし」のように連接することもあるが、活用はしない。付属語で活用があるものを「助動詞」という


4-2(2)

連体修飾格を表す助詞である
同格を示すことがある


 格助詞のうち、「の」「が」の二語のみが「主格」「連体修飾」(体言を修飾)で、その他は「連用修飾」(用言を修飾)である。「が」は逆接の接続助詞でもあるが、「の」は含まれない。
 「の」「が」には同格の用法がある。これはおさえておく。「〜の、…が」「〜が、…の」などの形で、「〜な○○で、…な○○が」と訳す

  大きなる柑子の  枝もたわわになりたる …(徒然草・十一段・兼好法師)
   (大きなみかんの  枝もしなるほどに(実が)なっている  …)

 特に「が」は逆接の接続助詞と誤りやすいが、「が」の接続助詞の用法は院政期(1086年より)以前には用例が認められないため、院政期以前に書かれたものについては「格助詞」と見るべきである。

  いとやむごとなききはにはあらぬ すぐれて時めき給ふありけり。(源氏物語・桐壺・紫式部;1008年頃)
   (それほど高貴な身分ではない  たいそう帝の寵愛を受けている があった。)


4-3(2)

主に、順接、逆接、単純接続の3つの接続形態をとる
「ば」「ものの」「で」「ながら」などがある


 接続の形態は「順接」「逆接」「単純接続」で、「仮定条件」「確定条件」などと複合して「〜だったら」「〜だとしても」「〜なので」「〜であるけれども」「〜で」といった種々の接続を示す。
 接続助詞は種々の語と接続するが、特に活用語ということはなく、また、特に命令形ということもない。


4-4(1)

格助詞と接続助詞の用法があるが、古い年代では格助詞の用法しか存在しなかった

 4-2解説参照。接続助詞としての「が」は「院政期以降」であるから、これより以前には格助詞の用法しか存在していない
 どちらの用法でも活用語には連体形に接続するため、接続では判別できない。また、特にどちらの用法が多いということはない。


4-5(3)

順接の接続助詞である
未然形につく場合と、已然形につく場合とがある
未然形についた場合は必ず仮定条件を表す


 「ば」は順接の接続助詞である(逆接の意味はもたない)。活用語の未然形、または已然形に接続し、未然形についた場合は必ず「順接の仮定条件」(「もし〜ならば」)を表す已然形の場合は確定条件で、「〜(た)ところ」(偶然条件)、「〜ので」「〜から」(原因・理由)、「〜するといつも」(恒時条件)のいずれかとなる。この場合は文脈で判断するしかない。尚、連体形にはつかない。
 「ば」には仮定を表す用法があるが、格助詞ではない。


   
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4-6(1)

連体修飾格を表す格助詞であり、上代(奈良時代)の語である

 「つ」は、平安期の「の」「が」(4-2解説参照)にあたる上代の格助詞で、連体修飾格(「〜の」)を表す。「万葉集」などでは頻出の助詞であり、「神国(神国)」「沖波(沖波)」など慣用的に後世にもその形をとどめている、重要語である。
 他の選択肢については、完了の「つ」が助詞化したものなど存在しない。また、「浮きつ沈みつ」のようにして反復を表すのは「完了の『つ』」(3-5解説参照)の「反復の用法」であり、「反復の副助詞」は存在しない。文末にあって詠嘆を表す終助詞は「な」「かも」「かな」「よ」などであって、「つ」ではない。


4-7(5)

「のみ」
「ばかり」
「さへ」
「し」
「まで」


 「副助詞」は副詞のように意味を添加し、下の言葉に係る助詞のことである。
 「のみ」は限定で「〜だけ」、「ばかり」は限定「〜だけ」、程度の推量「〜くらい」、「さへ」は添加で「〜までも」。「さえ」と訳してはならない。「さへ」の意味が「さえ」だったらわざわざ聞きません「し」は強意で、和歌の整調にも多用される重要な副助詞である。「まで」は限界を表し「〜まで」。

  かきつばたきつつなれにしつまあればはるばるきぬる旅をぞ思ふ(伊勢物語・東下り・在原業平)

 尚、「ながら」は接続助詞で、「〜しながら」「〜ながらも」、「ぞかし」は念押しの終助詞「ぞ」と、同じく念押しの終助詞「かし」の複合。「〜であるよ」。これはこれで重要。


4-8(2)

常に文末に来る
「ぞ」「かし」などの「念押し」も終助詞に含まれる


 4-7解説参照。終助詞は「文末(終)にある」ことからいう。従って、常に文末に来るのであって、文中では用いない。また、「禁止」「願望」等の意味を添えるので、取ってしまうと文脈に影響が出てくる。「ぞ」も「かし」も重要な終助詞


4-9(1)

基本的には終助詞と同じだが、文中に来ることがあるかないかで終助詞とは区別される

 間投助詞も終助詞もはたらきとしては同じものであるが、「文中に来ることがある」ものを「間投助詞」、「文末にしか来ない」ものを「終助詞」として区別する。その他の選択肢はまったく根拠なし。


4-10(2)

「体言」
「格助詞」


 「準体助詞」とは「連体修飾の格助詞(「の」「が」)が、修飾する体言を省略して用いられる用法」を指していう。「〜のもの」「〜のこと」と補って訳す

  「御前を…」⇒「姫君のものを…」


   
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5-1(2)

用言を修飾する品詞で、体言を修飾する品詞の「連体詞」に対応する
「状態の副詞」「程度の副詞」「陳述の副詞」に分けられる


 副詞とは、自立語で活用はなく、主として用言を修飾する品詞である。 体言を修飾する連体詞に対応するが、連体詞は「体言のみ修飾」する。副詞は「主に用言を修飾」することから、「連用詞」とは呼ばない。

  ただ 一人御簾の際に・・・(更級日記・上洛の旅・菅原孝標女)(「一人」という名詞を修飾しているが、副詞。)

  ただ春の夜の夢の如し。(平家物語・祇園精舎・作者未詳)(助動詞(体言以外)を修飾しているので連体詞とは言えない。⇒副詞。)

 修飾語句なので、なくても文の意味が変化しないということはない。ないとたいへん。
 副詞は、用法によって「状態の副詞」「程度の副詞」「陳述の副詞」の三種に分けられる。それぞれ、

「(主に)動作を修飾してその状態を詳しく説明する」もの(「やうやう(次第に)」「かく(このように)」など。)
「被修飾語の性質や状態の程度を修飾する」もの(「いと(とても)」「げに(実に)」「なべて(概して)」など。)
特定の語と呼応して叙述の方式を限定する」もの(「え〜[打消語]」「な〜そ」など。)

である。従って、「品詞分解せよ」とか言われたら「え」「な」で「一語」である。もちろん品詞は「副詞」と答える。「副詞の呼応」は極めて重要なのでおさえておくこと。(5-2〜5-10)


5-2(1)

特定の語と呼応して、種々の意味を表すものを言う

 5-1解説参照。「副詞の呼応」とは「特定のと呼応して叙述の方式を限定する」用法であり、「陳述」という言葉の意味を取り違えてはならない。また、呼応の対象となるのは種々の語であり、用言や助詞に限った用法ではない。


5-3(1)

「呼応の副詞」

 「似たような名前を並べてみましたが実は一番ういてるのが正解でした」問題。「陳列」に至っては「並べる」の意。陳述の副詞」は「特定の語と呼応して陳述叙述)の方式を限定する」もの。尚、「叙述の副詞」とも言う


5-4(4)

「いと」
「やうやう」
「いささか」
「いみじう」


 「な〜そ」で「〜するな」「〜してはならない」(禁止)を、「をさをさ/つゆ/ゆめ〜[打消語]」で「まったく〜でない」「少しも〜でない」(全部否定/打消強意)を、「え〜[打消語]」で「〜できない」(不可能)を表す。どれも重要な呼応の副詞。
 「いと」「いみじう」はともに「とても」の意、「いささか」は「少し」の意で、程度の副詞。「やうやう」は状態の副詞。
 尚、「いささか」は下に打消語を伴って「少しも〜ない」とする用法があるが、打消語を伴わずに用いることができるので、ここでは「程度副詞」とした。文脈により「陳述副詞」。

5-5(3)

「で」
「ず」
「じ」


 陳述副詞「え」と呼応するのは[打消語]であり、選択肢では「で」(打消接続「〜ないで」)、「ず」(打消の助動詞「〜ない」)、「じ」(打消推量の助動詞「〜(し)ないだろう」「〜(し)ないつもりだ」)がこれに該当する。「『え〜[打消語]』の不可能用法」。覚えとく。



   
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5-6(1)

「そ」

 大事。これ大事。「『な〜そ』の禁止用法」。「『え〜[打消語]』の不可能用法」とともに副詞の呼応ではかなりの重要ポイントである。「〜してはならない」「〜するな」。

  や、起こしたてまつり(宇治拾遺・児の掻い餅するに空寝したる語・編者未詳)
   (これ、お起こし申し上げる。)

5-7(3)

「つやつや」
「ゆめゆめ」
「をさをさ」


 いずれも[打消語]と呼応して「まったく〜でない」「少しも〜でない」の意。この意味を表す陳述副詞は他にも多数あるのでしっかり確認しておく。
 また、「いかで」は[意志]と呼応して「何とかして〜しよう」、[疑問・反語]と呼応して「どうして〜なのがろうか(いや、〜ではない)」。「たとひ」は「とも」と呼応して「たとえ〜しても」(逆接仮定)を表す。


5-8(2)

「いかで〜む」
「いつしか〜まほし」


 陳述副詞。訳は「何とかして〜しよう/したい/してほしい」。「いつしか」は「いつか」でなないので注意。尚、「いつしか」が単体で用いられた場合も、多くは「早く早くであって、「いつの日か」「そのうちに」ではない。
 その他の選択肢は、「〜な」を伴った時点で「かけて」「かまへて」は「禁止」と判断できる。「よし〜とも」は「とも」により「逆接仮定」であることが分かる。陳述副詞の訳は呼応する語に依存する


5-9(2)

疑問・反語の係助詞を伴い、疑問・反語を表す
活用語を連体形にすることで、呼応する


 「いかで」「いかに」「なでふ」は、疑問・反語の係助詞(「や・か」。6-2解説参照。)と呼応して「どうして/どのようにして〜なのだろうか(いや、〜ではない)」を表す。「いかで」「いかに」に関しては、意志・希望を表す用法がある(5-7解説参照)が、「なでふ」にはない。
 また、用言と呼応する場合には、これを連体形として呼応する

  いかでさる方をもて離れて、見たてまつらむと思うたまふる。(源氏物語・澪標・紫式部)
   (何とかしてそのようなこととは関係なく、後見していただきたく存じます。)

(「思うたまふる」の「思う」は「思ふ」連用形「思ひ」のウ音便形。「たまふる」は「給ふ」の謙譲の補助動詞(下二段活用)とする用法。連体形「たまふる」となっており、文中に連体形を要求する係助詞(ぞ・なむ・や・か)はない。ただし「いかでか」「いかでかは」の形も頻出。)
 従って、「連体形で文が終始するときに起こっていること」は、

 1.係り結び(ぞ・なむ・や・か)が成立している
 2-a.準体言の用法(「〜のもの」「〜のこと」を動詞に含める用法。枕草子の類聚的章段に頻出。)
 2-b.連体中止法(言い切らずに余情を残す用法。和歌に多い。)
 3.陳述副詞の呼応を受けている

の3パターンが考えられるということになる。


5-10(1)

「たとひ」

 5-7解説参照。「たとひ〜とも」の形で「たとえ〜としても」(逆接仮定)。「もし」は順接仮定で、「もし〜ならば」。と言うか現代語と同じ意味のものは即刻選択肢から削除という習慣をつけたい。今は「古文」をやっているのであるから、「やがて」の意味を「やがて」と答えたり、「二月」を「にがつ」と読んだりするようなら空欄で提出した方がまだまともである。現代語と同じ表現を見て「ボーナス問題」と思うのは愚か。「『あからさまに』の意味は『あからさまに』ではないな」と思うことから始まる。



   
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6-1(1)

7

 係助詞は、「ぞ・なむ・や・か・こそ」の他に「は」と「も」を含む。ここでは純粋に「品詞の数」を聞いているので「5」ではなく「7」と回答する。ひっかけ問題。ひっかかってくれた人よありがとう。
 ただし、「係り結び」を発生させるのは「ぞ・なむ・や・か・こそ」の五語のみで、「は」「も」については係り結びとは言わない。(6-2)
 結びに要求する活用形は、「ぞ・なむ・や・か」が連体形、「こそ」が已然形。尚、「なむ」は鎌倉期以降には「なん」と表記するようになるので留意のこと。


6-2(3)

「ぞ・なむ・や・か・こそ」が文中にあるとき、文末の活用語が連体形、または已然形になること
「ぞ・なむ・や・か」は連体形を、「こそ」は已然形を結びとする
「ぞ・なむ・や・か・こそ」以外にも係助詞はあるが、これは「係り結び」とは呼ばない


 かなり注意して読まないと回答が見出せない問題。各選択肢について解説すると、前半3つが「係り結びの定義」を述べ、後半3つが「係助詞の意味・用法」について述べている。特に前半3つは「この中の1つが正解」という視点で見たい。係り結びは「係助詞が文中にあるとき、文末の活用語に特定の活用形を要求する」語法であるから、「用言」という助動詞を含まない表現をしている上2つの選択肢は消去する。また、一番上の選択肢は、已然形について述べられていない点でも不適である。後半の選択肢の一番初めのものは、「や・か」の意味について「疑問」しか述べておらず、「反語」の説明が抜けている点で不適。下2つはいずれも正しい。(6-1)

6-3(1)

「係り結びの省略」

 係助詞が文末にある場合は、結びとなるべき活用語が省略されている可能性を考える多くの場合、「ある」「言ふ」「思ふ」などを補うことができる。やや余情を残しつつ下に続ける効果がある。

  いづれの御時に [ありけむ]。女御・更衣あまたさぶらひ給ひける中に・・・(源氏物語・桐壺・紫式部)
   (どの帝の御代であっただろう 。女御・更衣が大勢お仕えになっていた中に…)

この例では「ありけむ」「あらむ」「ある」などを補って口語訳する必要がある。尚、「省略されている結びの活用語を答えよ」系の問題では、必ず適切な活用形にして答えること「省略され」ていても「結びの活用語」には違いないから、連体形か、「こそ」の結びなら已然形にして回答しなければならない。
また、結びの活用語を補わなくとも訳せる場合は「係助詞の文末用法」である。(6-4)


6-4(1)

「係助詞の文末用法」

 係助詞が文末にあるのだから、「係り結び」うんぬんということができる「結びの活用語」が存在していない。(係り結びは、一文の中だけで完結するものであり、句点(「。」)をまたいで発生することはない。「係助詞の文末用法」では、主に「や・か」(やは・かは)が用いられ、疑問・反語を表す

  花は盛りに、月はくまなきをのみ言ふものかは。(徒然草・花は盛りに・兼好法師)
   (桜は満開の状態を、月は満月をのみ「よい」と言うのだろうか、いや、そうではない。)

文末に語を補わなくても口語訳できる。(「いや〜でない。」の部分は「『反語』の訳」であり、語を補ったわけではない。しっかり原文中に「言ふ」と書かれている。)


6-5(3)

結びとなるべき活用語に接続助詞が接続している場合を言う
「係り結びの消去」とも言う
「係り結びの流れ」とも言う


 「係り結びの○○」といった特殊な文法もひと通りおさえておきたい。うち最も基本的なものが「係り結びの消滅」で、「結びとなるべき活用語に接続助詞が接続して文が終始しないで下に流れる」ために係り結びは消滅消去)される

  年ごろ、よくくらべつる人々なむ、別れがたく思ひ、日しきりに、とかくしつつ・・・(土佐日記・門出・紀貫之)
   (長年親しくしてきた人々は、別れ辛く思って、一日中、あれこれしては…)

上の例では、係助詞「なむ」の結びとなるべき動詞「思ふ」に接続助詞「て」が接続している。
 その他の選択肢について、一つ目は「係り結びの省略」(6-3解説参照)の説明であって「消滅」の説明ではない。二つ目は「接続するのは接続助詞」なので、「助動詞」は不適。残りは「消滅」用法の別名についてであるが、「消滅」=「消去」=「流れ」≠「省略」なので注意。「消す・流す」ことと「省く」ことは根本的に違う



   
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6-6(3)

「や」「か」のことで、「やは」「かは」という形もある
多くの場合、「や・か」は疑問、「やは・かは」は反語と考えてよい
「や・か」(「やは・かは」)が文末で用いられても、疑問・反語の意味は失われない


 疑問・反語を表す係助詞は「や・か」で、「やは・かは」という形もある。およそ、や・か」は疑問で、「やは・かは」は反語、といった使い分けが認められる(ただし逆の例も多い)。また、「文末用法」であっても、疑問・反語の意味は失われることはない。(6-4)
 陳述副詞と呼応するが、これは常にセットではないし、「係助詞が陳述副詞を伴う」のではなく「陳述副詞が係助詞を伴う」と言うのが正しい。


6-7(3)

「ぞ・なむ・こそ」の三語のみである
「ぞ・なむ・こそ」のうち、「なむ」は主に中古において用いられた
「ぞ・なむ・こそ」のうち、強意の度合いが最も弱いのは「なむ」である


 強意を示す係助詞は「ぞ・なむ・こそ」の三語で、うち「なむ」が中古(平安期)に多く用法が認められ、中世以後は衰退した。また、強意の度合いは、「なむ」<「ぞ」<「こそ」の順で強くなる。


6-8(1)

係助詞「こそ」が活用語に係って已然形とし、かつ逆接の意味を加えつつ文が続いていく用法を言う

 文法的に重要な係り結びの中でもさらに重要項目、「『こそ−已然形』の逆接用法」。この用法は、「文中の活用語に係って已然形にして、さらに文が下に続いていく」もので、その際「已然形の活用語に『逆接』の意味を付け加えるという特徴がある。「−−−こそ〜、・・・」で「−−−は〜だけれども、・・・」と訳す。(訳し方は6-9解説参照。)


6-9(1)

「中垣こそあれ、一つ家のやうなれば・・・」

 「『こそ−已然形』の逆接用法」。已然形で文をいったん中止し、逆接の意味を加えて以下に続ける用法。従って訳す際には「〜だが」「〜けれども」を忘れないこと。選択肢は有名な例文である。

  中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、・・・(土佐日記・帰京・紀貫之)
   (中垣はあるけれども、一つの家のよう(に親しい間柄)だったので、・・・)

大抵どの文法書を見てもこの例文で説明がなされている。


6-10(3)

品詞は係助詞である
文末の活用語を終止形にするが、係り結びとは呼ばない
「は」が「を」につく場合、濁って「ば」となる


 「は」「も」は品詞上は「係助詞」に分類する。これは、文中に「は」「も」がある場合に文末の活用語に終止形を要求することなどに根拠を置くが、本来文末は終止形であるべきところなので、これについて「係り結びが成立する」とは言わない。が、あくまで「係助詞」。格助詞ではない。また、「〜をは」のように「を」につく場合は、濁って「〜をば」と発音される。従って、「〜をば」における「ば」も係助詞となる。



   
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7-1(2)

一般には「尊敬語」を指して言うことが多い
文法的には「尊敬語」「謙譲語」に「丁寧語」を含めて言う


 「敬語」の定義を問う問題。選択肢では、「一般に何を指すか」、「文法的には何を指すか」をそれぞれ1つずつ回答すればよい。ただし、「一般には」はあまり良い問題ではなかった。場合によりとらえ方に幅があるが、ここでは「尊敬語(のみ)」と答えて欲しい。

  けいご【敬語】相手や話中の人物に対する敬意を表わす言語的表現。・・・また、尊敬語だけを特にいう場合もあり、・・・(日本国語大辞典・小学館)

とあるので、「尊敬語」としておく。ただし、曖昧。すまんねみなさん。
 文法的には、尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」の3種を指し、意味・用法には厳密な相違があるので混同してはならない。これらを総称して「敬語」と呼ぶ。各敬語の定義・用法については7-2以降の解説参照。
 尚、「尊敬」「謙譲」「丁寧」の漢字もしっかり書けるようにしておく。(「謙譲語」を「謙遜語」とする場合もあるが、特に古文文法では「謙譲」の表現を用いる傾向が強い。語義は同じ。)


7-2(2)

動作の為手のみを敬う表現である
敬意の発信者は、常に話題の書き手、話し手である


 尊敬語の定義を問う問題。尊敬語は、「話題中の動作の『為手』を尊敬する」敬語であり、敬意の発信者(尊敬する人⇔尊敬される人 の関係のうちの「する」側。)は、常に「書き手・話し手」である。
尊敬語は、〜なさる」「お〜になる」と訳す。以下に用例を示す。


「言ふ」
大納言→→→中納言


という動作があったときに、「大納言を尊敬」したい場合、「大納言は動作の為手」であるから、「する動作」である「言ふ」を尊敬語にして


のたまふ
大納言→→→中納言


と表現する。また、「補助動詞」を使うと、「尊敬の補助動詞」=「給ふ」であるから、「する動作」である「言ふ」に補助動詞「〜給ふ」をつけて


「言ひ給ふ
大納言→→→中納言


と表現できる。尚、「補助動詞」は「〜なさる」という意味を添えるものであって、単体で動作は表さない。よって、補助動詞は省略しても文意が通じる。⇔(本)動詞「のたまふ」には「言ふ」の意味が含まれるので、省略すると文意が通じなくなる。これが「動詞」と「補助動詞」の意味上の相違点である。また、古語で(本)動詞のものは(本)動詞として訳し、補助動詞のものは補助動詞として訳すようにしたい。採点者によっては減点食らうことも。「のたまふ」=「おっしゃる」、「言ひ給ふ」=「言いなさる」。「おっしゃる」知らないやつは帰れ。


7-3(2)

動作の受け手のみを敬う表現である
敬意の発信者は、常に話題の書き手、話し手である


 謙譲語の定義を問う問題。謙譲語は、「話題中の動作の『受け手』を尊敬する」敬語であり、敬意の発信者は、常に「書き手・話し手である。
謙譲語は、お〜申し上げる」「〜いたす」と訳す。以下に用例を示す。


「言ふ」
大納言→→→中納言


という動作があったときに、「中納言を尊敬」したい場合、「中納言は動作の受け手」であるから、「される動作」である「言ふ」を謙譲語にして


申す
大納言→→→中納言


と表現する。また、「補助動詞」を使うと、「謙譲の補助動詞」=「〜奉る(たてまつる)」であるから、「される動作」である「言ふ」に補助動詞「奉る」をつけて


「言ひ奉る
大納言→→→中納言


と表現できる。
 謙譲語で表現するとき、この例においても一見間違えやすいが「大納言が中納言を尊敬しているのではない」点に注意する。あくまで「筆者が中納言を尊敬」である。また、「大納言と中納言を比較してどちらが上か」という発想も存在しない。「尊敬されていない」ことは「マイナス」ではなくて「無、ゼロ」と考える。決して低く見ているわけではない。現代語の謙譲語と古語の謙譲語はまったく原理が異なるので注意する。中学校の知識で敬語が分かった気になってるやつほど危険。国語辞典には古語の謙譲語の説明は載っていない。
 尚、よく使う謙譲の補助動詞に「〜申す」がある。これは(本)動詞として使えば「申し上げる」の意、補助動詞として使えば「お〜申し上げる」の意となる。)動詞の際の「申す」には「言ふ」の意味があるが、補助動詞の際の「〜申す」には「言ふ」の意味はない。従って、「申し上げる」は「何かを言っているが、申し上げる」は「『〜』の部分の動詞に「いたす」の意味を付け加えているだけである。訳は「〜申し上げる」でよい。ややこしい。説明が。


7-4(2)

話題の聞き手、または読み手を敬う表現である
敬意の発信者は、常に話題の書き手、話し手である


 丁寧語の定義を問う問題。丁寧語は、「話題の『聞き手』『話し手』を尊敬する」敬語であり、敬意の発信者は、常に「書き手・話し手である。
丁寧語は、〜です」「〜ます」と訳す。以下に用例を示す。


「言ふ」
大納言→→→中納言


という動作があったときに、「読み手・聞き手を尊敬」したい場合、、「話題中の動作」である「言ふ」に丁寧の補助動詞である「〜侍りをつけて


「言ひ侍り
大納言→→→中納言


と表現できる。
訳は「言いますである。


7-5(3)

「〜です」「〜ます」
「〜いたす」
「〜申し上げる」


 7-2解説参照。「尊敬語」の訳し方は「〜なさる」「お〜になるである。「〜です」「〜ます」は丁寧語(7-4、7-7)、「〜いたす」「〜申し上げる」は謙譲語(7-3、7-6)の訳し方である。それぞれがどのように訳されるのか、しっかり確認しておくこと。また、動詞と補助動詞の用法の違いも確実に理解しておく。
 尊敬、謙譲、丁寧、及び各本動詞、補助動詞の詳細な語例については省略する。文法書、参考書等を参照されたし。


   
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7-6(2)

「〜いたす」
「〜申し上げる」


 7-3解説参照。「謙譲語」の訳し方は「〜申し上げる」「〜いたす」である。
 再三言うが、「現代語の謙譲語」と「古語の謙譲語」では根本的に異なるので、今まで現代語モードで謙譲語を理解していた場合は、一旦頭の中をクリアにしてから「謙譲」を理解し直されることをお奨めする。


7-7(1)

「〜です」「〜ます」

 7-4解説参照。「丁寧語」の訳し方は「〜です」「〜ます」である。敬語には三種、「尊敬」「謙譲」「丁寧」があるが、丁寧語のみが「話題の聞き手・読み手尊敬」と、少し敬意の対象がずれているので要注意。あまり聞かれないが。


7-8(2)

「〜給ふ」
「〜おはす」


 尊敬語の具体例を問う問題。選択肢の中では「〜給ふ」「〜おはす」であり、それぞれ、本動詞と補助動詞の場合が存在するので、訳し方も確認しておく。即ち、

  「給ふ」=「お与えになる」(「与ふ」の尊敬語)
  「おはす」=「いらっしゃる」(「あり」「をり」「行く」「来」の尊敬語)
  給ふ」=「なさる」「おになる」
  おはす」=「なさる」「おになる」

「〜」の部分に活用語が存在していれば、補助動詞である

  大御酒給ひ給はむとて、・・・(伊勢物語・惟喬親王・作者未詳)
   (お酒お与えになり、褒美お与えになろうということで、・・・)

  御髪おろし給うてけり。(伊勢物語・惟喬親王・作者未詳)
   (出家しなさってしまった。)

「大御酒」「禄」はともに名詞(=非活用語なので、これについている「給ふ」は「本動詞御髪おろす(出家する)」は動詞(=活用語で、これについている「給ふ」は「補助動詞」と判断できる


7-9(3)

「〜奉る」
「〜仕る」
「〜申す」


 謙譲語の具体例を問う問題。選択肢の中では「〜奉る」「〜仕る」「〜申す」であり、それぞれ、本動詞と補助動詞の場合が存在するので、訳し方も確認しておく。用例については原理的に尊敬語と同じなので割愛する。(7-8)
 尚、読み方も要注意で、「奉る(たてまつる)」「仕る(つかまつるつかうまつる)」「申す(もうす;上代には「まをす」)」。


7-10(1)

「〜侍り」

 丁寧語の具体例を問う問題。「侍り」が本動詞の場合は「お仕え申し上げる」意の謙譲語であるが、補助動詞として用いられた場合には「〜です」「〜ます」の丁寧語である。選択肢では「侍り」となっているので、丁寧語と判断する。



   
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8-1(2)

「伊勢物語」
「大和物語」


 和歌の詞書を発達させた文学」とは即ち「歌物語のことである。(「詞書(ことばがき)」=和歌の成立状況などを説明したもので、歌の前後に添えられる。)
 選択肢では、「○○物語」を列挙したが、それぞれの内容をひと通り把握しておきたい。よく混乱する。

 「伊勢物語」=「歌物語」、作者未詳。主人公は在原業平か。「みやび(雅)」の文学。
 「大和物語」=「歌物語」、作者不詳。歌にまつわる上古の逸話集。地名「大和」とは特に関連なし。
 「宇津保物語」=「長編作り物語(伝奇物語)」、「竹取物語」の影響を受ける。伝奇的性格強い。
 「落窪物語」=「長編作り物語」、まま子いじめの物語。
 「源氏物語」=「長編作り物語(小説)」紫式部作。
          主人公光源氏とその子薫の二代平安絵巻。「もののあはれ」の文学。
 「栄花物語」=「歴史物語」、正編の作者は赤染衛門か。藤原氏の栄華をたたえる。
          藤原氏全盛をやや批判的に描いたものが「大鏡」。
          鏡」「鏡」「鏡」「鏡」の鏡物を総称して「四鏡」
          「鏡」は「古を明らかに映し出す」の意。「ダイ コンミズ マシ」。
          尚、「吾妻鏡(東鏡)」は「四鏡」には含めない。
 「保元物語」=「軍記物語」、作者未詳。和漢混交体で、保元の乱を描く。琵琶法師によって語られた。
 「平治物語」=「軍記物語」、作者未詳。和漢混交体で、平治の乱を描く。琵琶法師によって語られた。
 「平家物語」=「軍記物語」、作者未詳。和漢混交体で、平家一門の隆盛と衰退を描く。仏教的「無常観」。
 「雨月物語」=「伝奇物語」「読本」上田秋成作。て言うか成立年が1768年

上に挙げたものの他に、「竹取物語」=「伝奇物語」、「平中物語」=「歌物語」、「堤中納言物語」=「短編小説集」、「今昔物語集」=「説話集」、「宇治拾遺物語」=「説話集」、「曽我物語」=「軍記物語」など。「○○物語」は混乱しないようにしっかりとおさえておくこと。
 尚、通例「今昔物語集」には「集」をつけるが、「宇治拾遺物語」には「集」をつけないので留意のこと。


8-2(2)

我が国二番目の勅撰和歌集で、村上天皇の勅命により編纂された
撰者は、いわゆる「梨壺の五人」である


 「わが国初の歌集(現存)」は「万葉集であり、「初の勅撰和歌集」は「古今和歌集である。問題の後撰和歌集」は二番目の勅撰集で、村上天皇の命によるもの。撰者は、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)、紀時文(きのときぶみ)、源順(みなもとのしたごう)、坂上望城(さかのうえのもちき)、清原元輔(きよはらのもとすけ)の五人で、昭陽舎庭前に梨の木があることから「梨壺)を与えられていたことから梨壺の五人と称する。尚、「桐壺の五納言」「藤壺の五卿」なるものは存在しない。
 また、梨壺の五人のうちの清原元輔」は清少納言の父でもあるのでおさえておく。


8-3(1)

兼好法師

 あまり良い問題ではない。意図としては「『○○日記』を書いていないのは?」というものであったが、誤解を招きやすい。
 他の選択肢の人物はそれぞれ、

  和泉式部「和泉式部日記」
  紫式部「紫式部日記」
  紀貫之「土佐日記」
  阿仏尼「十六夜日記」


を書いている。他にも日記文学では「蜻蛉日記」「更級日記」などを確認しておく。(8-9)


8-4(6)

「清少納言」
「兼好法師」
「鴨長明」
「枕草子」
「徒然草」
「方丈記」


 古典三大随筆とは即ち、

  清少納言「枕草子」
  鴨長明「方丈記」
  兼好法師「徒然草」


を指す。「枕草子」は「『をかし』の文学」「方丈記」「徒然草」はともに隠者文学で、仏教的「無常観」を根底に置く。尚、有名な古典については、その冒頭も暗唱しておくとよい。


8-5(3)

喜撰法師
大伴黒主
小野小町


 六歌仙」は古今和歌集時代、当代随一とされた6人の歌人を指す。即ち、

  在原業平(ありわらのなりひら)
  大伴黒主(おおとものくろぬし)
  文屋康秀(ふんやのやすひで)
  小野小町(おののこまち)
  喜撰法師(きせんほうし)
  僧正遍照(そうじょうへんじょう)

を指す。また、「遍照」については「遍昭」との表記も見える。
 尚、この呼称は「古今和歌集仮名序」において紀貫之が讃えた6名を、後世になって「歌仙」と言ったのであって、当時このこのように称したわけではない。



   
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8-6(5)

「一条天皇」
「藤原公任」
「藤原行成」
「藤原斉信」
「源俊賢」


 「四納言」は、一条天皇代の誉れ高い4名の納言で、それぞれ

  権大納言藤原公任(ふじわらのきんとう)
  権中納言藤原行成(ふじわらのゆきなり;こうぜい)
  権中納言藤原斉信(ふじわらのなりのぶ)
  権中納言源俊賢(みなもとのとしかた)

を指す。行成は「三蹟」の一人。また、藤原公任については、「三舟の才」の逸話が有名。以下に紹介する。

  ある時、藤原道長が川逍遥を催した。その際、各方面に優れた人を乗せて楽しもうと、「和歌の舟」「漢詩の舟」「管弦の舟」を用意した。出席した人々を道長は、あなたはあの舟へ、あなたはこの舟へ、と振り分けた。しばらくしてやってきた藤原公任を見て道長は随身に、「あの方はどの舟にお乗りになるのだろうなあ」。

即ち、「どの舟に乗っても恥ずかしくないほど何ごともよくできるお方」と、かの道長に認められたわけである。また、公任は「和漢朗詠集」の編者でもある。通称「四条大納言」
 尚、「四納言」については「枕草子」にも記述が見られ、清少納言と和歌のやり取りも多い。


8-7(1)

平将門「六波羅殿」

 道長は法成寺御堂;みどう)を建てたことから「御堂関白。尚、彼は摂政であって関白にはなっていない。子の頼通は宇治に平等院を開き「宇治殿源頼朝は鎌倉に幕府を開いたので「鎌倉殿藤原公任 は四条の宮に邸宅があったので「四条大納言六波羅に拠点を置いて全国を統治したのは平清盛であって将門ではない


8-8(1)

「一条天皇」−「中宮彰子」−「紫式部」

 一条天皇の中宮は、藤原彰子(道長の子)、藤原定子(道隆の子)、藤原元子であり、後一条天皇の中宮は藤原威子(道長の子)である。
 また、彰子に仕えたのは紫式部定子に仕えたのは清少納言である。「枕草子」における「御前」はすべて「中宮定子」を指す。


8-9(1)

和泉式部「更級日記」

 更級日記」の作者は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)である。また、和泉式部の日記は「和泉式部日記」で、敦道親王との恋愛を描く。尚、藤原道綱母(「蜻蛉日記」)は、菅原孝標女(「更級日記」)の母の姉である。・・・カツオが「更級日記」を書いたとすると、海平さん(浪平の双子の兄)が「蜻蛉日記」を書いたことになる。よけいややこしくなったが。


8-10(3)

都の東西を通る広い道は、朱雀大路と呼ばれた
当時の大極殿を、規模、装飾等細部にわたり忠実に復元したものが平安神宮である
耳成山、畝傍山、天香具山の、いわゆる大和三山に囲まれており、盛んに和歌にも読み込まれた


 ラスト問題は古文の舞台、平安京。
 朱雀大路は都の南北を通る大路で、幅員約84メートル。大内裏南の朱雀門から、平安京南の羅城門に至り、これより東を左京、西を右京とする。(天皇が内裏から南を向いて鎮座した際に、「東」は「左」に、「西」は「右」になることから。)選択肢では「東西」となっているのでこれを選択する。
 大極殿は、政治の中心で、即位式などの大礼もここで行われた。安元3年の火災(安元の大火)で焼失したが、明治28年に平安神宮として復元。細部にわたり再現されてはいるが、大きさ自体は当時の3分の2
 耳成山、畝傍山、天香具山大和三山)に囲まれていて、よく和歌にも読み込まれたのは藤原京であって、平安京ではない。



   
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