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淋しさから逃げる

閉じたまぶたに陽が差し込んできて目が醒めた。近眼がひどくて時計の針はさっぱり読めないが、この気だるい感じはきっと午後二時を廻った頃だ。

僕の隣には彼女、まだ夢の中。こんな生活を、もう半年くらい続けている。苦痛ではないけれど、多分満たされているのだろうけれど、僕はすっかり笑うことを忘れた。

寝息を横に、僕は考えた。好きって何だ。口下手なくせに惚れっぽい性格、僕は常に誰かに心を奪われていた。中学の頃に、誰の為なんだろう、ということに思いが行き、それで随分悩んだ。好きな子に喜んでもらいたくて、おもしろいことを言ったり、欲しがっていた本や CD をプレゼントしたり、ふたりで旅行に行ったりした。彼女は喜ぶのだけれど、その笑みを見て結局僕が喜びたいだけなんじゃないかと、僕自身の犯罪的な愚直さに目を向けた途端、しばらく冬が続いた。

でも献身だとか奉仕だとか言うものは、その根には大抵、自己満足という灰汁あるいは黄金水が流れているんだとも思った。それで、結果、相手の人が喜んでくれるのなら、それでいいじゃないか、と。誰が為に花は咲く、ではないけれど、誰の為に心を尽くす、ということを考えるのに、大分時間をつかった。それでたどり着いたのは結論ではなく妥協?諦観?

「考えても答えは出ない。現状維持。」

…時間をかければいいというものではないらしい。そう言えば、「人をして大成せしめるのは、熟慮ではない。」と言った偉い人がいたなあ、なんてことを思い出した。まだ起きない。

僕ら二人は全裸である。全裸のまま僕は眉間にしわを寄せて考えているのである。好きとは何か。このあどけない寝顔の、少女と呼ぶにはいささか大人びた女のことを、僕は好きだ。毎日会っても苦ではないし、死んだら涙も流すだろう。けれどこの気持ちと、家族や友人に対する気持ちとが、全く異質のものであるとも思えない。そもそも僕らは何故一緒にいるのか。それすらも考えるとよく分からない。お互い、かけがえのないただ一人の人だけど、見つめ合ってお前しかいないんだ、ずっと一緒にいようね、と本気も本気、大真面目に誓い合った人は、僕も彼女も、何人目になるのだろうか。

彼女は僕がこの話題を振ると逃げる。まだ付き合い始めて間もない頃、

「私も一度、ものすごく考えたことがある。」

とだけ言ったことがあった。それ以上は話そうとしなかった。以来、彼女は僕がこの話を持ち出すと、僕の唇をその唇でふさぐのだった。そのままずるずると「愛し合う」のだった。僕もそれが嫌ではなかった。

僕らの興味の対象は、人だ。音楽も文学も絵画も、あらゆるものの両端には、「人」が存在している。人を好きになることも、同じことなのかと思った。興味。この人はどういう人なんだろう、何を考えているんだろう、何が好きなんだろう、という興味。しかしこれでは相変わらず、異性で、かつ一人でなければならないという暗黙の、というにはあまりにも公然の、「規範」を飲み込むわけにはゆかない。何故一人としか付き合ってはいけないのか、お互いを豊かにし合えるのならそんな制約は馬鹿げていないか。そう考えると、いよいよ浮気や不倫が何故不道徳的と決めつけられてしまうのかが分からなくなった。嫉妬という感情が、神様が僕らの中に仕込んだものであることは確かなのだけれど、肝心の、これが善いものなのかそうでないものなのか、分からない。僕らは嫉妬して一体どうしたい・どうなりたいというのだろう。

彼女が目を醒ました。このところずっと同じことを言っては同じように逃げられているからか、僕の表情を見て迷わず言い当てた。

「また?」

まただ。その通りだ。このループは当分抜け出せそうにない。それに君だってこのことに興味がないわけではないだろう。話を打ち切られそうになって不満そうな僕の横で彼女は煙草に火を点け、言った。

「だって一人は淋しいでしょう。温かい布団の方がいいでしょう。」

それはそうなのだが。そうなのだが。

点けたばかりの煙草の火を消し、彼女は僕にキスをした。僕らは愛し合ったが、二人とも何も言わずに涙をこぼした。

その後すぐに彼とはだめになった。

理由なんてなかった。彼との変わらない毎日も私には幸せだった。でも彼が仕事に出かけるたび、もう帰ってきてくれないのではないかという不安があった。夜遅くなるときには必ず連絡をくれていたのに、別れを切り出したのは私の方だった。彼はひと言「ごめん。」とだけつぶやいた。

新しい男を作るのに時間はかからなかった。気づけばいつもその向こう側に彼の顔があった。彼を思い出にしようとすればするほど、あの何とも言えないもの悲しい雰囲気が私を包んだ。

4年経った。彼と連絡を取ることはなかったもののその連絡先を消さずにいた私は、自分を軽蔑しながら彼に電話をしていた。久しぶりの声に懐かしさを感じながら、どちらが言い出すでもなく4年前の続きを始めることにした。彼と一緒に淋しさも抱き寄せた気がした。あの時の灰皿は思っていたよりきれいなままだった。

桜の舞い散る四月の午後二時だった。僕が買い物を済ませて部屋に着き、ドアを開けようとしたときに電話が鳴った。見慣れない番号、近所の病院だった。

ベランダでぐったりしている彼女を近所の人が見つけて、通報してくれたらしい。先生の説明によると、大量の薬をアルコールと一緒に飲んだのだということだった。彼女が目を醒ますことはなかった。病院から見える桜吹雪の美しさが残酷だった。

葬儀は挙げなかった。彼女がそう望んだわけではないけれど、そのことについて訊く機会があったらそう答えていただろうと思ったからだ。僕は彼女の思い出を胸に部屋に戻り、ただいまを言わず、彼女の使っていた灰皿で初めての煙草を吸ってみた。煙にむせる僕に、彼女がそっと微笑みかけた気がした。涙は流れなかった。彼女が生きた二十六年間を思い、わずかに感じた淋しさと、セレナーデの第二楽章が、不思議と僕を優しい心持ちにさせた。

「突然ごめんなさい。驚かせてしまったことと、迷惑をかけてしまったことを、まずは謝らせてください。

実は私はもう何年もずっと、こうすることばかり考えていました。あなたに打ち明けようと思ったこともありました。でも、あなたにはあなたの人生があるし、人と人は、抱きしめあっても、キスをしても、セックスをしても、やはり繋がることも分かり合うこともできなくて、結局一人なのではないかと思えてならなかったのです。

あなたには本当に感謝しています。あなたと過ごす時間だけが私の救いで、支えでした。もちろん私がこうしたことも、あなたが何をしたとか、言ったとか、そういうことが原因なのではありません。私は怖かったのです。あなたといる時間が幸せだからこそ、この時間に終わりがくることが怖かったのです。終わりのくる幸せを永遠にするために、私はこの方法を選びました。

もしも天国というところがあるのなら、私はそこからあなたを想います。いつもあなたの心に寄り添って、あなたの中で生きたいと思います。それが私の幸せです。あなたにはあなたの幸せがあるから、こんな愚か者ではなく、素敵な人が見つけられるよう、小さく祈っています。

長い間、本当に楽しかったです。ありがとう、ごめんなさい、さようなら。」

――僕は来年、二十六歳になる。

強くありたいと願いながら、ふと我に返るのがたまらなく怖くて、眠りにつくまで何も言わずに抱きしめていてくれることをいつも望んでいた。

ふたりでお互いを見つめ合う瞬間は何度となくあったが、ふたりが同じ未来を見晴るかしていたことは、ただ一度もなかった。

要約

徒つきつ徒寝徒寝の徒花の徒波果つる徒情けかな


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最終改訂日
20111123日 (水) 】
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